【パーツ探訪】鈴木雅也さんに訊く「五感を研ぎ澄まし、建物と環境の声を聞きながら設計する」後編
建築パーツや建材を切り口に、建築家の設計哲学を浮き彫りにする「パーツ探訪」。後半は、建築家の鈴木雅也さんに「小石川の家」のパーツや設計哲学についてお話をうかがいました。
[プロフィール]1986年千葉県松戸市生まれ。千葉大学工学部都市環境システム学科卒業、京都造形芸術大学大学院(現・京都芸術大学大学院)環境デザイン領域建築デザイン修了。2012年より堀部安嗣建築設計事務所勤務。2016年に鈴木雅也建築設計事務所を設立。「仲井町の家」で令和7年度千葉県建築士会優良建築物表彰最優秀賞、第32回千葉県建築文化賞最優秀賞を受賞。ほか受賞多数。
#6 断熱性・気密性を補う木製框戸のインナーサッシ

南の日差しを呼び込む大きな開口部は、この住戸に備わった魅力の一つ。ただし築年数が経ったマンションリノベーションでは、窓の断熱性・気密性の確保が必要になります。
鈴木さんは、インナーサッシのような木製建具を製作。アルミサッシの内側に、強化ガラスの框戸を設けています。框戸は、既存のアルミサッシの横桟に合わせて割り付けを決めていっているため、完全に上下は均等な寸法にはなっていません。繊細なアルミブラインドを加えることで、アルミサッシと木製建具を違和感なくなじませています。

アルミブラインドは、タチカワブラインドの「パーフェクトシルキー」を採用。スラット(羽根)にコードを通す穴がないため、遮光性にも優れるというメリットがあります。
ちなみに管理規約にもよりますが、既存窓は管理組合に申請すれば、変えることも不可能ではありません。しかし、コストや近隣への負担も考えると既存を活かすのが得策、というのが鈴木さんの考えです。
「マンションのリノベーションは、美しい設計をただ愚直に追究すればよい、というものではありません。上下左右に住んでいる人への音の配慮も含めての設計なのです。もちろん、音を気にせず工事を進める判断もあると思います。ただ自分が設計者としてこのマンションにかかわるのが数ヶ月というスパンであるのに対し、オーナーはこの先長く住んでいくので、周囲と波風を立てないに越したことはありません。リノベーションでは、そんなバランスも鑑みて総合的に判断しています」
腰掛けたり、物を置いたりできるベンチとして使うこともできる窓台には、ベージュ系のトラバーチン(大理石)の、「トラヴェルチーノロマーノクラシコ」(矢橋大理石)を使用。石の切り方は、原石を水平に切り出す平目(ひらめ)で、やわらかな揺らぎをもつ模様となる。石と既存壁との取り合いも含めて細かく調整している。トラバーチンのなかでも歴史があり、イタリアでは古くから親しまれてきたそう。
#7 全館空調のような天井埋込式アメニティビルトインエアコン

リノベーションで窓まわりと同じく悩ましいのが、エアコンなどの空調設備の扱いです。
「エアコンをどう見せるかは、空間のクオリティにかかわってきますよね」
「小石川の家」でも既存は壁掛けエアコンでしたが、配管の位置を変えないという条件のもと、天井高さを低く抑えた小間の天井裏の空間を利用して機器本体を収め、設備の存在感を抑えています。ダクトで空気を引き込み、別の位置から吹き出す方式とすることで、LDKを中心としたワンルーム空間に空気が回り、全館空調のような計画がなされています。
ルーバーを天井と同面(どうづら)に納めるために、その分、天井をニッチ状にして空調機器を収めている。築50年ともなると床も梁もたわみが生じ、随所で調整が大変だったそう。写真左下が空調の吹き出し口の一つ。
小間の天井高さは1885㎜。この寸法は既存窓枠上端によって決定されていますが、この低さを利用して小間をコージーなソファコーナーにしたり、エアコンを納めるだけでなく、既存梁型を隠す役目も担っています。ラーメン構造の梁型が露出していると、「マンションリノベーションらしさ」を強く印象づけることがありますが、ここでは空調の設置とあわせて梁型を隠すことで、空間をニュートラルに見せる操作がなされています。
空調の吹き出し口が直接見えないよう、ルーバーで覆っている。床には電気式の床暖房も導入。天井埋込式アメニティビルトインの空調については「メンテナンスが少し大変なので、人によっては選ばないという選択肢もあると思います」とのこと。
#8 空間にやわらかな風格をもたらすライムストーン
食堂と広間の壁に用いられているのが、ライムストーンの一種であるポルトガル産の「モカレルヴィンハファイン」(矢橋大理石)です。
「食堂・広間の西側に連なり、面として存在感を放つ壁を活かすために、塗装ではなく石貼りにしました」
全面が石貼りになるので、日常の中で飽きがこないバランスを考え、ライムストーン系をセレクト。ライムストーンは、貝やサンゴの死骸が海に沈殿・堆積して固まった炭酸カルシウムを主成分とする天然の堆積岩で、柔らかくしっとりとした質感が特徴的です。実際、「モカレルヴィンハファイン」はピンクやベージュを含む柔らかな色味と表情で、壁全体として穏やかな表情を醸し出しています。

厚みは約20㎜で、石の重量に耐えられるよう強度を確保した下地を組み、接着剤で固定するという方法で施工しました。石のモジュールは約400×800㎜を採用し、サイズ制約に応じた割り付けも含めて、縦方向にナラ無垢材の見切りを設けています。この見切りには、フックなどを取り付けることも想定しているそう。
ライムストーンは石材としては比較的やわらかい性質をもっているため、大判で用いる場合には強度や割れのリスクも考慮する必要があるといいます。実際に当初は15㎜で検討していたものの、矢橋大理石のアドバイスもあり厚20㎜をセレクトしました。
壁のコンセントもこまやかに製作。
広間・小間・食堂・主寝室の床には、「ATOM SERIES Cフローリング ナラ浮造りホワイト」(アトムカンパニー、厚15㎜×幅150㎜)を採用。幅広でありながら単層無垢材に比べ反りが少なく、床暖房にも対応している。
#9 AEPに骨材を混ぜた左官風仕上げ塗装

壁は一見すると左官仕上げですが、実は骨材を入れたAEP塗装。塗り方にも工夫があり、一般的なローラー仕上げではなく、刷毛を使って方向性をつけながら塗ることで、わずかな揺らぎを生んでいます。
もちろん左官仕上げも魅力的ですが、やはりコストの問題は否めません。今回は左官屋さんを入れず、塗装の範囲で質感を引き出す方法を選びました。
「ただし経験がない塗装屋さんにお願いしても、勘弁してほしい、と断られるかもしれないし、やってもうまくいかない場合もある。誰でもできるわけではないので、今回は職人さんに恵まれました」
色味は黄味寄りのベージュ系で、石や木ともよくなじむ色調に調色した。
#10 空間のアクセントになるスイッチニッチ

食堂の一角で目を惹くのが、既存のインターホン機器や操作盤、新設のスイッチ類をまとめた「スイッチニッチ」です。
マンションリノベーションでは、設備機器の位置や仕様を自由に変更できないケースが少なくありません。インターホンや防災設備は管理室のシステムと連動していることが多く、変更や移設には専門業者の手配が必要となるため、コストや工程の面でも制約が生じます。また、こうした設備機器は機能上どうしても情報量が多く、空間の中で悪目立ちしてしまいがち。
ここでは無理に移設せずに、存在感を抑えながら、必要なときにすぐアクセスできるよう、スイッチニッチを設けました。「小石川の家」ではところどころ岩井茶色などのアクセントカラーを採用していますが、ここには辛子色を配色。空間に馴染みつつ、可愛らしい存在感を放っています。
流れる川や、空をたゆたう雲のように

今回はマンションリノベーションならではのテクニックも紹介してもらいましたが、鈴木さん自身は、マンションと戸建て、あるいはリノベーションと新築の違いは、意識していないと言います。
「設計の手法や考え方にもつながってくるのですが、何か特別なものをつくろうとか、創作しようというつもりはないんです。どんな物件でも“そこにある声を聞く”、という感じで設計しています」
「たとえばマンションであれば、そのマンションにすでに存在しているものの声を聞く。この物件なら、ヴィンテージマンションとしての空気、立地や雰囲気、廊下を抜けていく時の雰囲気、近隣の坂や桜、光や音、匂いとか……もちろんお施主さんの人柄や雰囲気も同様です。そうしたさまざまな声にできるだけ耳を傾けた上で、良さを最大限に活かすという感覚です」
鈴木さんはこうしたスタンスを「川の流れや雲のかたちに近いのかもしれない」と述懐します。
「川って、ここを通りたいという意思があるわけではなくて、自然と流れていくものじゃないですか。雲も、こういうかたちになりたいわけではなく、気温や湿度や風などの諸条件の中でかたちを取っていく。僕にとっての設計は、そんな感覚なんです」
何かを自分のエゴで創造することはない。むしろ、何かを想像してつくるほうが難しいのではないか、と鈴木さんは言います。
食堂のペンダントライトは、鈴木さんが独立前に籍を置いていた堀部安嗣建築設計事務所デザインによる、Keckの特注ペンダント。
自分自身がアンテナになるためにフィジカルを鍛える
鈴木さんがユニークなのが、「声を聞く」ために、フィジカルを重視していること。
「建築を肉体的につくっていくことを大事にしているんです。そこにある声を感じ取るには、身体をできるだけいい状態に保っておきたい。だからかなり真剣に日々筋トレもするし、ランニングもしています」
「たとえば運転免許って、年を取ると返納しましょうと言われるじゃないですか。それは運動能力が落ちると判断が鈍るからで、建築の設計も同じだと思うんです。身体の反応が悪くなると、鼻が利かなくなるとか、味覚が鈍くなるとか、音が聞こえづらくなるとか、アンテナの感度が落ちる。五感で感じる力が弱くなると、その場所から発せられている声が聞こえなくなってしまう。それは建築家としての寿命につながってくると僕は思っています。
もちろん年齢的な経験の蓄積でしか見えないものもあるとは思いますが、やはりまずは自分自身がアンテナであり続けるために、その強度を高めておくことが大事だと思っています。だから日々、最善の状態にしておきたいんですよね」
鈴木さんが40歳を前にして自邸を設計したのも、そんな考えがあってこそ。
「その時にしかつくれないものって、絶対にあると思うんですよ。30代でつくるものと、70代でつくるものはやっぱり違うはず。だから、その時々の旬のものを出せるようにしておくほうがいい」

鈴木さんにとってのノイズレスってなんですか?
「ノイズっていうのは、たくさんの声があることだと思うんです。実際にはすごくノイズフルな状態なのだけれど、その結果としてできた空間はたくさんの声を感じさせない、必然的なものとしてまとまっていること。そんな状態がノイズレスなのかもしれないですね」
さまざまな条件や要素を一つずつ拾い上げながら、それらを感じさせないかたちでまとめていく。そのプロセスについて、鈴木さんは、調停というよりも導きに近い、と話す。
「まずは声を全部受け止めて、それぞれの居場所に導いていく。あなたはここ、君はここ、というふうに、適材適所に役を当てていく感じでしょうか。もちろん声を聞いたうえで、外れてもらうという判断もあります。そこは選ばなければいけないので。そんな風に声の力が最大に発揮されてバランスのとれた空間は、居心地の良さにも繋がるのではないかと考えています」

「建築家という言葉は近代以降にできたものですが、それ以前は大工、さらに前だと“工人(こうじん)”と呼ばれていて、木だけではなく石や土など、あらゆる自然素材でモノを作る人々の総称だったんですよね。
地球の声というか、自然の現象を感じ取って、それに従ってつくる。そんなことが、建築の原点にある気がするんです」
主寝室のペンダントライトはflameの「confit」。

プロフィール
鈴木雅也
1986年千葉県松戸市生まれ。千葉大学工学部都市環境システム学科卒業、京都造形芸術大学大学院(現・京都芸術大学大学院)環境デザイン領域建築デザイン修了。2012年より堀部安嗣建築設計事務所勤務。2016年に鈴木雅也建築設計事務所を設立。「仲井町の家」で令和7年度千葉県建築士会優良建築物表彰最優秀賞、第32回千葉県建築文化賞最優秀賞を受賞。ほか受賞多数。
##紹介したパーツ・建材
タチカワブラインド|パーフェクトシルキー
矢橋大理石|トラヴェルチーノロマーノクラシコ
矢橋大理石|モカレルヴィンハファイン
flame|confit
ekrea Parts|特注ペンダントライト
(参考: KECKシリーズ 台形ペンダント(長))
KECK:http://www.keck.co.jp/home2.html
#データ
「小石川の家」
東京都文京区
延床面積 111.57㎡
構造規模 築約50年のRC造マンションの一室
竣工年月 2025年9月
設計 鈴木雅也建築設計事務所
施工 参創ハウテック
石工事 矢橋大理石
