【パーツ探訪】鈴木雅也さんに訊く「五感を研ぎ澄まし、建物と環境の声を聞きながら設計する」前編

「特別なものを設計しようとは思っていないんです。シンプルにその場所の良さを引き出す建築をつくりたい」

建築家の鈴木雅也さんは、自身の設計について、こう語ります。環境に内在する「声」を丁寧に読み取ることで、あるべきかたちへと導いていくというのが、鈴木さんの設計手法。作家性を前面に出すのではなく、土地の空気感や、光や風、住まい手の気配といった要素を汲み取りながら、その場所にふさわしい状態を立ち上げていく。そんな鈴木さんの哲学や、パーツに対する考え方を、マンションリノベーション「小石川の家」から探ります。

[プロフィール]1986年千葉県松戸市生まれ。千葉大学工学部都市環境システム学科卒業、京都造形芸術大学大学院(現・京都芸術大学大学院)環境デザイン領域建築デザイン修了。2012年より堀部安嗣建築設計事務所勤務。2016年に鈴木雅也建築設計事務所を設立。「仲井町の家」で令和7年度千葉県建築士会優良建築物表彰最優秀賞、第32回千葉県建築文化賞最優秀賞を受賞。ほか受賞多数。

 

今回訪れた「小石川の家」は、築50年余のヴィンテージマンションの一室です。100㎡を超える広さをもち南北に長い形状で、既存のプランでは中央に水回りが集約されており、光や風が届きにくい暗い空間が生まれていました。また、コンクリートの壁を含む構造上、スケルトンにして手を入れるには、工期やコスト、近隣への配慮の面でも難しさがありました。

そこで鈴木さんは、空間全体を一度に更新するのではなく、「簡易リノベーション(内装の貼替)」「部分リノベーション(既存下地を活かした造作)」「フルリノベーション」という三段階でプランを整理。用途や機能、将来的な変化と改修のレベルを結びつけながら、コストと空間の質のバランスを取っています。

そして採光の課題に対しては、中央部で窓に対して45度となるように、ハの字状に2枚の鏡を離して配置し、光を反射させて奥まで自然光を導くように。採光だけでなく、視線の広がりも生み、住戸全体の印象を大きく変えることになりました。居間・食堂・主寝室はホテルのようなワンルーム空間として再構成し、天井高や仕上げによって、ゆるやかに居場所を設えています。
また、改修のレベルを設定したことで、過去と現在が融和したインテリアが生まれていることも、このリノベーションの個性となっています。

 

 

#1 静謐な空気を醸し出す玄関まわりの石づかい

玄関を入ると、落ち着きがありながら、どこか非日常的な空気感に迎えられます。その雰囲気にひと役かっているのが、石の存在です。「小石川の家」ではオーナーが石にこだわりがあることから、随所で石が印象的に用いられていますが、この玄関では4種の石が使い分けられています。

アプローチの床には「泉州錆」と「ニューダークセルぺ」、玄関のタタキには「バサルト」、そして上がり框と玄関収納の天板には「黄竜山石」(いずれも矢橋大理石)を採用。岩種や産地、仕上げの異なる石を使い分けることで、奥行きのある表情が生まれています。

アプローチの基調となるのは、中国産の黄系の花崗岩である「泉州錆」(20㎜厚)です。結晶粒によって繊細に光を反射する表情も持ち味の一つ。表面に平行線状に細かな刻みをつける小叩き仕上げにより、自然な風合いと防滑性を与えています。

対してボーダー状の見切りとして使われているのが「ニューダークセルぺ」(20㎜厚)。中国産の大理石で、特殊なハンマー(ビシャン)で細やかな凹凸をつけるビシャン仕上げとしています。また石の切り出し方には、原石を縦方向に切り出す「柾目」と、横方向に切り出す「平目」がありますが、一般的には柾目とするところ、ここでは石によって異なる表情を引き出す平目で使っています。

玄関のタタキには、イタリア産の「バサルト」(20㎜厚)を。灰系・黒系の色味をもつ玄武岩で、今回は、本磨きの少し手前で磨きを止めることで、マットな質感にする水磨き仕上げのものをセレクトしました。

上がり框と玄関収納の天板に使っているのは、凝灰岩である「竜山黄手」(黄竜山石/きたつやまいし、30㎜厚)。黄みを帯びた地の中に細かな粒子や色ムラが混じり、味わいのある表情の石で、いずれも小口を見せて量塊感が感じられる納まりにしています。

割り付けやサイズは施工性や搬入時の重さも考慮し、シンプルなデザインとして、職人が納めやすいように考えている。

「石は、砂が何千万年、何億年とかけて固まってできた素材です。素材に宿る時間の積層は、築年数のあるこのマンションとも相性がよいと思いました」

ちなみに玄関は、既存の防火戸を残した構成となっており、住戸内の性格の異なる二つの領域を分ける役割も。北側には既存を活かした子ども室、南側には広間・食堂・キッチン・主寝室が配され、子どもたちの領域と、家族が集まる空間とを緩やかにゾーニングしています。



#2 視線を遮りながら光は通す、タイムレスなモールガラス

玄関収納の右手(裏側)がトイレ。先ほど紹介した黄竜山石の上にモールガラスが嵌まる。

 

玄関脇の壁面には、トイレの間仕切りとして、縦方向のリブが入ったモールガラスを使用しています。

モールガラスは昔の医院建築や洋館などにも見られるように古くからある素材で、鈴木さんも定番の一つとして用いているそう。「どんな時代のスタイルにも合い、流行り廃りに左右されないのもいいですね」と鈴木さん。

モールガラスは光の屈折ゆえに、視線を遮りながら光を通すのが特徴です。南北に長く、光が届きにくいプラン中央部に少しでも光を取り入れるべく、採用しました。

「トイレや浴室のようなプライバシーが求められる空間でも、完全に真っ暗になるような遮断の仕方をしたくはないんです。もちろんプライバシーは必要ですが、家族なので気配は感じられるといい。その点モールガラスは、程よい距離感をつくれる素材だと思っています」



#3 光を導き空間を拡張する鏡

玄関から食堂・広間越しに南側の窓を見通す。左手の鏡にキッチンが映り込む。

光や風が届きにくく、条件の厳しい中央の水回りゾーンでのユニークな解決法が、「鏡」の採用です。窓に対してハの字型に2枚の鏡を離して配置し、一方から入る光をもう一方へと反射させることで、中央部に自然光を導きました。

当初は採光面での課題を改善するためにコンクリート壁の撤去も検討しましたが、工期や騒音の問題の面でも負担が大きいと鈴木さんは判断し、既存の構造は残したまま解決することに。
そして行き着いたのが、鏡の採用でした。従来は暗かった水回りゾーンに光が行き渡るようになり、「南北の二面採光だけではなく、三面採光のよう」という効果をもたらしました。さらに鏡に周辺の景色が映り込むことで、空間に奥行きが生まれるというメリットも。

鏡をこのような形で採用したのは初めてのケースとなりましたが、「本当にうまくいくか手探りの部分もあったものの、チャレンジすることで体験したことのない空間を創出できるとやっぱり嬉しいですね」と鈴木さんは言います。

北側からキッチン、玄関を介して個室までを見通す。キッチンの収納や間仕切りは天井まで立ち上げず、上部を開けた構成に。空気が循環し、ワンルームのような空間の連続性を保つこともできる。

 

キッチン、トイレ、洗面脱衣室の床は、東亜コルクの「ソフトセラミック仕上コルクタイル(エクリュホワイト)」を。表面にセラミック粒子をコーティングすることで、コルク特有の弾力性はそのままに高い強度・耐摩耗性をもつのが特徴。自然素材でありながら汚れに強く、かつ足触りにあたたかみもあるコルクタイルは、鈴木さんの定番の一つ。ナチュラル系、ホワイト系、黒系などを場所に応じて使い分けている。

 



#4 可動鎧框戸は既成品+製作の合わせ技

青いソファをしつらえた南側の小間の手前は、主寝室。その境界となる建具には、しっかりと遮光できる可動鎧框戸を選びました。

ウッドシャッター(木製可動ルーバー建具)は、ナニックジャパンの製品を採用していますが、鈴木さんがひと工夫施しているのが、枠を建具屋さんが製作していること。

「もちろん枠もメーカーに依頼できるのですが、ちょっと框の見附けが太くなりすぎるのですね。ここのメーカーはルーバー部分だけ購入できるので、枠は製作し、押縁でルーバーを取り付けることで、空間全体のバランスを取るようにしています」

寝室と小間の間には、カウンターを設け、建具を全開すると、寝室側からはデスクとして使うことも可能。そのため、建具には敷居とレールを設けず、上から吊る納まりとしました。
一見何気ない場所ですが、「ちょっとものを書くこともできるし、何より空間として広がりが出ます」と鈴木さんが語るよう、居場所としても機能します。

 

 

#5 見た目はすっきり、座って落ち着く造作ソファ

造作ソファをしつらえた小間は、南側からの光がふんだんに入るコージーコーナー。色調を控えめに抑えた空間において、深い紺色のソファがアクセントとなっています。

L字型のソファは、空間にぴったりフィットさせたかったので造作に。大工さんに台だけつくってもらって、その上に北欧家具のライセンス生産やオリジナル家具の製作を行うメーカー・キタニに製作を依頼したクッションを載せています。「建築と一体的にして精度を高めたい場合は、最初から造作するほうがうまくいくと思っています。結果的にコストが抑えられることも多いですし」

座り心地を良くするポイントが、ソファの背の部分を半埋込みにしていること。実際に、背のクッションを取り外すと、見た目の倍の厚さがあることがわかります。

背のクッションを外してみると、見た目の倍の厚みがあることがわかる。

「この納め方にすると、クッションが動かないので座っていても安定するんです。見た目はすっきりしているのに、実際に背中を預けるとしっかり厚みを感じられます」

背のクッションの厚みは100㎜。そのうち50㎜分をギュッと押し込むようなかたちで背板に嵌めて、残り50㎜が見えているという状態です。

「ふつうに背をクッションに立てかけるだけだと、どうも物足りないんです。自邸で造作したソファは立てかけるタイプだったので、その反省を活かして改良しました」

もう一つのポイントは、L型のコーナー部分も一体的につくっていること。既製のソファだと分割されてマジックテープで留めるケースが一般的ですが、「それだとどうしてもずれやすくなってしまう。今回は一体成形にすることで、安定性を確保しています」

張り地にはシンコールのスイジンを採用。

 

 

トイレの壁には、名古屋モザイク工業のモザイクタイル・ブクラ(BUC-003)を使用。施工は石工事を担当した矢橋大理石が手掛けている。

 

洗面脱衣室の洗面台天板には、コセンティーノのサイルストーン「ブランコメイプル」を使用。ボウルはアイカ製。タイルはトイレで用いた名古屋モザイク工業のブクラ(BUC-001)の色違いを横貼りに。

 

#紹介したパーツ・建材

矢橋大理石|バサルト

矢橋大理石|泉州錆

矢橋大理石|黄竜山石

がらすランド|モールガラスFLK-01

東亜コルク|ソフトセラミック仕上コルクタイル|エクリュホワイト

ナニックジャパン|ウッドシャッター

造作ソファクッション|キタニ

名古屋モザイク工業|ブクラ

 

#データ
「小石川の家」
東京都文京区
延床面積 111.57㎡
構造規模 築約50年のRC造マンションの一室
竣工年月 2025年9月
設計 鈴木雅也建築設計事務所 
施工 参創ハウテック
石工事 矢橋大理石