パーツ探訪 「森田悠紀さんに訊く、旬の食材を料理するように設計する」(前編)

 

美しさ、使いやすさ、そして敷地・住まい手にとってのオリジナリティ

 


「特定の作風やスタイルは持たない。あくまで、敷地・住まい手の個性を手がかりにどのような建築が相応しいのか、都度考えたいのです」

設計に対するひたむきさをたたえながらおだやかに語るのは、建築家の森田悠紀さん(森田悠紀建築設計事務所 主宰)。

手がける住宅ごとに、構造の見せ方や素材、ディテールやプロポーションも異なるアプローチを取るスタンスですが、通底するのは、ここで過ごしていれば暮らしが豊かになる……と思わせる空間の力。

端正で静謐な空間には円熟みすら感じられる一方で、瑞々しさやふくよかさにも満ちており、多彩な表情を見せてくれます。ひと言葉では表し難い空間の魅力や森田さんの設計手法を、パーツを切り口に探ります。

 

今回訪れた「国分寺の家」は、敷地の細分化が進む住宅地に佇む、コンパクトな2階建ての住まい。隣家との距離が近く、いかにまちと適切な距離を保ちつつ、まちとのつながりをつくれるかということを起点に設計を進めました。もう一つの鍵となったのが、家具に対する住まい手の美学。モダニズム期のヴィンテージ家具を中心に少しずつ家具を集めたいという要望を汲み取り、家具とシームレスにつながる空間づくりを心がけたということです。

料理に集中したいという要望を受け、キッチンはリビング・ダイニングと一体とせず、独立性をもった場所に。ダイニング中央の、天板の厚みのあるテーブルはフランスのヴィンテージ。テーブルや椅子の丸脚や小口の丸みを帯びた造形は、「国分寺の家」のディテールを考えるうえでインスピレーションにもなった

 

森田さんが常日頃から大切にしているのは、「美しいこと」、「使いやすいこと」、「住まい手やその土地にとって唯一のものになること」。

「特定の作風はつくらず、どのような建築が相応しいか都度考えたいと思っています。料理で言えば、究極のラーメンのような決め打ちの定番で勝負するというよりも、カウンターに座ったお客さまの雰囲気を見ながら旬の食材を活かすようなメニューを考える……といった感じでしょうか」と、ご自身のスタンスをユニークな例えで話してくださいました。

「ですので、パーツの定番といったものもあえてつくらないようにしています。住まい手やその空間にふさわしいものを、都度、選んでいくようにしています。もちろん既製品で機能と美しさのバランスがよいプロダクトは採用しますが、オリジナルで造作することも多いんです」

前編では既成のプロダクトを中心に、後半ではオリジナルの造作を中心に紹介します。

 

森田悠紀
1984年静岡県生まれ。2007年千葉大学工学部デザイン工学科建築系卒業。2007〜2008年リスボン工科大学建築学部。2009年千葉大学大学院工学研究科建築都市科学専攻修了。2009〜2012年株式会社小川広次建築設計事務所。2013〜2015年株式会社ワークヴィジョンズ。2015年森田悠紀建築設計事務所設立。2020年〜愛知産業大学非常勤講師。2022年〜千葉大学非常勤講師

 

「国分寺の家」の建築面積は、約13坪。東側が道路に面し、南と北・西を隣家に囲まれています。敷地形状を反映して、プランは、間口に対して奥行きがある形に。

1階は玄関と寝室、水まわり、2階がLDKという構成で、LDKに上がる階段は道路からもっとも遠い位置に配置。玄関から距離を設けることで、明暗や高さなど抑揚をもつ空間を経てそれぞれの居場所に辿り着く……というシークエンスを描いています。

そしてLDKや階段まわりには、きめ細やかに開口部をレイアウト。隣家に囲まれているものの、遠くへの抜けを確保できたり、プライバシーを気にしなくて済む場所を、丹念にすくい上げました。階段でいったんまちから離れたのちに、ふたたび窓を通じてそれぞれの居場所がまちとつながる、という関係性をつくっています。

 

 

#1 色みが揃って見えるラワン合板の調色と材料選び

廊下を抜けて2階への階段を上がっていくと、窓から落ちてくる光が伸びやかなLDKの存在を予感させてくれます。そのLDKは、敷地形状と斜線制限から片流れ屋根の断面ボリュームを導きながら、周辺の住宅とは異なる空間体験ができるよう、片流れ屋根がつくる最大の気積が感じられる断面計画としました。

歳月の味わいを帯びたヴィンテージの家具となじむよう、天井にはラワン合板を張り込み、建具の枠材や建具の把手(後編参照)にもラワンの無垢材を用いています。

その際に重要になるのが、塗装で、開放感ある空間づくりのために、色ムラが出ないように調色や材料選びは慎重に行いました。使っている塗料は、「プラネットジャパン」の「ウッドコート・プラネットOPシリーズ」。

「サンプルをつくって、この空間にふさわしい色みや濃さを検討していきました。下地がラワン合板とラワンの無垢材では、色の出方も異なります。無垢材のほうが赤みが出てしまうので、調色の配合を調整しながら、枠材のほうが天井のラワン合板よりもわずかに濃い、というバランスをめざしました」

 

床は家具との相性を考え、オークを採用して簾張りに。構造の910㎜グリッドに合わせて長手方向(縦方向)に沿って貼っていくのが常套だが、あえて横向きに貼ることに。床材の幅方向のつなぎ目を揃えた簾張りにすることで、1本の長いラインが長手方向に通り、奥行きを強調する。

 

ラワン合板は材木屋にも足を運び、すべて並べたうえで、色みがそろうものをセレクト。初回は100枚見たもののうまく揃わず、また次に入荷されるロットを確認して……という過程を経ています。

「料理でいえば、出汁をとるようなプロセスでしょうか。塗装を施す際にも色が合わせやすい、大切な下準備のようなものです」と森田さんは語ります。

ちなみにラワン合板は当初は3×6板をそのまま使う予定でしたが、空間のスケール感や密度感を再考した結果、半分にカットして貼ることに。手間がかかって増額になってしまいますが、住まい手にも理解をいただき、プロポーションを調整しています。

ラワン合板・ラワン無垢材の調色サンプル。木目の出方や濃さも検討(提供:森田悠紀建築設計事務所)


 

#2 家具用の横長コンセントと床埋め込みコンセントボックス

必要だけれども、悪目立ちしがちで悩ましいのがコンセント。

森田さんが選ぶものの一つに、「神保電気」の家具用コンセント「NK Serie KAG」があります。横長ですっきりして見えるのが特徴ですが、下地を変える手間がかかるため、比較的目に入りやすい場所に絞って採用しているそう。

またコンセント関連で注目したいのは、ダイニングテーブルの下の床埋め込みコンセントボックスです。ダイニングテーブルはPCやスマートフォンの充電など、電源が近くにあると何かと便利。壁付けにすると、長々とケーブルを引っ張ることになり、つまづきの原因となることもあります。

 電源はそばに欲しい、けれども壁からは取りたくない……という課題に森田さんが出した答えは、床にコンセントボックスを埋め込むこと。

「コンセントボックスのカバーも、フローリングとの隙間が目立たず、かつ木目が揃うように。大工さんが腕を振るい精緻につくってくれました」とのこと。

 

 

#3 勾配天井に照明を端正に収める配線孔

フランスのヴィンテージ家具とも相性が良いのが、イサム・ノグチのペンダント照明。やわらかい和紙のテクスチュアが、ラワンの天井にもしっくり合います。何気なく見ていると、きれいだなあ……という印象で終わってしまいますが、実はこのペンダント照明、勾配天井に対して配線をすっきり見せるために、細やかな工夫が施されています。

本来、配線の根本につくのは、白い円錐型のシーリングカバー。ただ、焦茶色の天井に対して色の差が大きいことや、天井勾配に合わせて斜めに設置する形になり悪目立ちしてしまうため、シーリングカバーを設置せずに照明を設置したい。またその際、配線用に天井に単に穴を開けっぱなしだと、穴の小口が隙間のように目立ってしまいます。

その問題を解決するために使ったのが、「スガツネ工業」の「配線孔 CHC型」。一般的には電話線やLANケーブルをデスクやテレビボードなどに通す時に用いられるものですが、天井に転用して使いました。

「デメリット的な要素があるとすれば、この納まりにするためには、器具側の配線を引っ掛けシーリングを経由せずに直接繋ぐ必要があるため、もし将来的に別の照明器具に取り替えたい時は電気屋さんに施工を依頼する必要があるということでしょうか。住まい手と相談して、暮らしていて気持ちがよい照明の納まりに……ということで、採用したディテールです」

 

 

#4 窓まわりをすっきり見せる埋め込みカーテンレール

窓を柔らかく彩るカーテンは、北欧を代表するデンマークのファブリックメーカー「Kvadrat」の「SAHCO/Silhouette 009」。最高級のバージンウールを用いたセミシアータイプで、選んだのは繊細なベージュ。こちらも現場にサンプルを持ち込み、色みを検証したうえでセレクトした

 

リビングの掃き出し窓(##1参照)には、意匠性も考慮してカーテンを。後述のように、こまめに視線の制御を行いたい場所にはブラインドを使っています。

西側に向かってベランダ越しに家並みが連なるこの窓にカーテンを取り付ける際、カーテンレールの存在感を消す埋め込み専用タイプを用いています。


窓の上枠にカーテンレールが見えてしまうと、窓まわりが煩雑になるだけでなく、視線の抜けも妨げてしまいます。今回のケースはカーテンボックスをつくる奥行きが取れなかったため、「TOSO」の天井埋め込み専用シーリングレール「シエロライン」を採用しました。

 

 

#5 細いスラット幅が軽やかな表情をもたらすブラインド

窓からの光が美しい陰影を壁に描き出す。天井のラワン合板やフローリングのパターンを意識してセレクトした、タイルは「平田タイル」のSES-GL

厳密な遮光が必要でない場合に森田さんがよく採用するのが、ブラインド。採光やプライバシーのコントロールがかんたんで、窓に取り付けやすいのもメリットの一つです。ただし通常のスラット幅(ブラインドの羽根の部分のこと)では、オフィスのように味気ない雰囲気になってしまうことも。

一般的な住宅にはスラット幅25㎜がスタンダードと言われていますが、森田さんが取り入れているのは、繊細な光の表情を生み出すスラット幅15㎜というタイプ。

採用している「タチカワブラインド」の「シルキーカーテン」は、色数が184色と豊富なのも特徴です。道路の見える南東側に視線を抜き、「まち」とのつながりを感じさせるキッチンの窓に取り付けるにあたり、壁のサンプルのうえに並べて、しっくり合う色みを選びました。

提供:森田悠紀建築設計事務所

 



後編に続く

 

 

〈このコラムで紹介したパーツ〉

・天井・枠材・建具塗装 :プラネットジャパン ウッドコート・プラネットOP

・家具用コンセント:神保電気 NK Serie KAG

・配線孔(天井):スガツネ工業 配線孔 CHC型

・カーテンレール:TOSO  シエロライン

・ブラインド:タチカワブラインド シルキーカーテン

・タイル:平田タイル SES-GL

 

 

【プロフィール】

森田悠紀

1984年静岡県生まれ。2007年千葉大学工学部デザイン工学科建築系卒業。2007〜2008年リスボン工科大学建築学部。2009年千葉大学大学院工学研究科建築都市科学専攻修了。2009〜2012年株式会社小川広次建築設計事務所。2013〜2015年株式会社ワークヴィジョンズ。2015年森田悠紀建築設計事務所設立。2020年〜愛知産業大学非常勤講師。2022年〜千葉大学非常勤講師

森田さんのホームページ:https://yukimorita.com/

 

 

【国分寺の家】

東京都
敷地面積 100.42㎡
建築面積 44.12㎡
延床面積 79.01㎡
構造規模 木造・地上2階建て
竣工年月 2023年7月
設計   株式会社森田悠紀建築設計事務所
施工   株式会社水雅