パーツ探訪「関本竜太さんに訊く、モノを選ぶことは設計者の職能」後編
建築パーツや建材を切り口として、建築家の設計哲学を浮き彫りにする「パーツ探訪」。建築家・関本竜太さんには引き続き「巣の家」でお話をうかがいます。後半は、リビングのしつらえや外観まわりについて教えていただきました。(前編はこちら)

関本竜太
1971年埼玉県生まれ。1994年日本大学理工学部建築学科卒業。1994年〜99年エーディーネットワーク建築研究所。2000年〜01年フィンランド ヘルシンキ工科大学(現アールト大学)留学。2001年現地の設計事務所でプロジェクトに関わり、同年12月帰国。2002年一級建築士事務所リオタデザイン設立。2007年株式会社リオタデザイン代表取締役。2008年〜14年/2016年〜20年日本大学理工学部非常勤講師。日本建築家協会(JIA) 会員、北欧建築・デザイン協会(SADI) 理事
#1 タイムレスな魅力を放つ北欧の照明

ダイニングは住宅の中の「へそ」のような場所、と語る関本さん。
「リビングでは家族がそれぞれ好きなように過ごすのに対し、ダイニングは一堂に介してごはんをいただき、対話をする。いわば、ダイニングは家族の象徴でもあるのです」
その大切なダイニングに選ぶのが、北欧デザインのペンダント照明です。
「ビジュアル的にも空間の中心となる強さは欲しいですよね。そしてタイムレスなものであって欲しい。北欧の名作照明は、50年以上も前につくられていながら、この先50年以上使われていく良さがあります。家族も、そんなふうに時間を重ねていって欲しいと思うのです」
そんな関本さんの北欧照明の象徴の一つが「ルイスポールセン」です。
「設計者が安直に選んだのではなく、歴史の中で選ばれてきた。いわば、設計者の署名性を排除する逆説的なセレクトです」
「巣の家」のダイニングに選んだのは、「パテラ オーバル」。2015年に登場した比較的新しい照明ですが、空間の象徴となるタイムレスな強さが気に入ったそう。
「新作の照明であっても、それが老舗のルイスポールセンが出したものであるということが私にとっては大事なんですよね。「パテラ」には円形タイプもありますが、今回は空間のプロポーションを鑑みて、オーバルを選びました。家族の場となる存在感はもちながら、中心性が強くなりすぎず、緊張を緩和してくれると、直感で決めました」
#2 アールトへのオマージュを捧げた猫の爪とぎ柱

北欧建築に薫陶を受けたという関本さん。特にフィンランドは関本さんにとって特別な土地で、建築や社会のありかたに感銘を受け、勤めていた設計事務所を退職してヘルシンキ工科大学(現アールト大学) に留学。現地の設計事務所でもプロジェクトに携わったという経歴をおもちです。
そんな関本さんがこよなく愛する建築の一つが、アルヴァ・アールトのマイレア邸。森のように立ち並ぶ柱に籐が巻かれているデザインは、今なお多くの日本人建築家にインスピレーションを与えています。
「巣の家」ではそんなオマージュを、愛猫の爪とぎ柱で表現。ただし本家の籐ではツルツルして爪がひっかからないので、ここでは麻紐を用いています。
実は「巣の家」では、大切な家族の一員である愛猫への配慮も、すみずみまで行き届いています。LDKの天井や手すりはキャットステップにもなるように設計。好きな時、好きな場所でのびのびと過ごしているそう。
#3 建築家好みの仕上がりになる不織布クロス

コンパクトな「巣の家」では、ふと顔を上げた先には必ず窓があり、視線が行き止まるということがありません。
そして窓から一条の光が入ってきた時に気づくのが、壁の繊細なテクスチュア。
左官仕上げのようなやわらかな印象ですが、実はクロス。ただしビニールクロスではありません。パルプなどの自然素材を主原料とし、ポリエステルで強化した壁紙用のフリース(不織布)に塗装を施した、ナガイの「エコフリース」です。
「しっとりした質感で、左官よりもリーズナブル。透湿性があるのも気に入っていて、石膏ボードの吸放湿を妨げないんです。そしてまた、色がいい。デリケートな色合いで建築家好みの塗装仕上げのようになる。パールホワイトという、純白ではなくわずかにグレイッシュな色を愛用しています」
またフリース(不織布)ゆえに伸縮しづらく目が透きにくいのもポイントだそう。
「汚れにも強く、中性洗剤で落とせます。激しい汚れがついたり、経年で汚れたりしたら、そのまま上から塗り重ねられるのもいいですね。ふつうのクロスなら剥がさなければならないところ、そのまま下地として使えますから。何より、触れた時の風合いと、光があたった時の質感が気に入っています」

#4 機能性と愛らしさを両立させる下足入れ

玄関まわりの下足入れに使っているのは、有孔ベニヤ。規則的に並んだ孔は愛らしい表情を醸し出すとともに、通気性に優れ、靴を湿気から守ってくれます。
塗装に使っているのは、プラネットジャパンの「プラネットOPシリーズ」の「OPシルバー」拭き取り仕上げですが、色味が濃いので塗りつぶしのようなモダンで品の良い風合いになります。
#5 新築でも経年変化の深みがある外壁塗料

「巣の家」のバスガーデンを覆う外壁は、長い時間を宿した木材特有の色合いが見られます。ただし竣工は2022年12月。実は2年強しか経っていません。
この色味と風合いは、小川耕太郎∞百合子社の屋外用木材の防護保持剤「ウッドロングエコ」独特の特徴です。
「塗布してから1週間ほどで、このように経年変化で褪色したようになるのです。海外ではこうした色は、いいシルバーだと喜ばれるのですが、日本では捉え方が違うので、住まい手の反応が心配でした。ただ1軒やってみたところ、思いのほか気に入ってもらえて、他の住まい手の方からも同じ仕上がりにしたいとの声が。「巣の家」でも建て主さんからのリクエストもあり採用させていただきました」
一般的に外壁用の着色オイルは5年程度で塗り替えが必要となります。けれども高所の場合は足場を掛けなければならず、手間もコストもかかるので、結局放置して腐ってしまうことも。
「ウッドロングエコは自然素材由来の粉末で、水で溶いた水溶液を木材に塗布することで、木の表面や断面から腐朽菌を入りにくくする、というものです。塗膜のように剥がれず塗り直しの手間がかからないので、メンテナンスに神経質にならずに済み、高所でポイント的に木材を使う場合にも重宝しています」
#6 リーズナブルだけど高性能な弾性リシン
こだわりだすと思いのほかコストがかかるのが、外壁材。とりわけここ数年は、建材費も高騰していてコストの悩みは尽きません。けれどもむやみにコストを落としても、性能や美観を維持できないのが悩ましいところ。
「巣の家」では、エスケー化研の「セラミソフトリシン」を採用しました。
「リシン吹き付けはモルタル外壁の吹き付け塗装のなかでもリーズナブルです。ただしセラミソフトリシンは高耐久低汚染型弾性リシンという分類で、耐久性が高く、藻やカビが発生しにくいのが特徴。ヒビへの追従性も高く雨水の侵入を防ぐという特徴があります」
色のバリエーションも豊富ですが、今回はウッドロングエコと調和が取れるように、モスグリーンに近いグレー色となるように調色しています。

#7 耳でも雨を楽しめる鎖樋
鎖樋(くさりとい)は、軒先から地面に向かって垂らす鎖状の雨樋のことで、日本の伝統的な雨樋の一つでもあります。
鎖樋で試行錯誤してきたという関本さんが行き着いたのが、タニタハウジングウェアの「クサリトイ ensui 」でした。
「ほんとうに良くできていて、雨がたくさん降っても1滴も樋からこぼれないんです。以前使っていた別の鎖樋は、まわりに雨粒があふれてビショビショに。「クサリトイ ensui 」はシャリシャリ……というきれいな音がして、耳でも雨を楽しめるのがいいですね」
すっかり惚れ込んだ関本さん、軒天から直接垂らしたいと軒天アタッチメントの製作をタニタハウジングウェアに打診。開発にかかわり、今では製品化されています。

#8 枕木は我が家のレッドカーペット
玄関に至るアプローチに使っているのは、枕木。最近はコストも上がってきていますが、比較的リーズナブルな材料です。
「玄関まわりを全面コンクリートにすると、駐車場の中を横切るようで味気ないですよね。僕にとっては、この枕木はレッドカーペットのようなもの。ハリウッドスターが晴れ晴れと歩いていくような気持ちで、我が家に帰ってきて欲しいと思っています」
檜舞台ではなく、枕木舞台のアプローチ。外壁のウッドロングエコとも相性が良く、「巣の家」特有のスタイルをつくりあげています。
「タイル張りでも大理石張りでも、住まい手の方のスタイルや好み次第で、どんな建材でもよいと思うのです。ただあまり整いすぎるよりも、ちょっとその手前に戻したい。そんな意味も込めて、ちょっとラフな感じが宿る枕木を採用しています」
#9 茶目っ気のあるフィンランド発ポスト
可愛らしく玄関に佇むのが、セキスイデザインワークスが扱うフィンランド・BOBI(ボビ)社のポスト。今回は薄型の「スリムボビJ(ショコラ)」で、コンパクトな玄関まわりにもすっきりなじみます。
「ボビのポストは定番の一つ。写真をお見せすると、たいていの人が可愛い!と声を上げます。こちらもタイル「smart」(前編参照)と同じように、住まい手の方に色を選んでもらいます。こうしたイベントがあると、家づくりをより楽しんでもらうことができ、住まいに愛着を抱くきっかけとなるのです」
茶目っ気のあるデザインは関本さん好み。
「緊張感をもたらすデザインは好きではないんです。フィンランドのデザインって茶目っ気があるというか、どこか人をほっこりさせる可愛らしさがある。いわば、ゆるい完璧さとでも言うのでしょうか……。自分の空間設計でも、そんなところをめざしています」
ちなみに最近は、高性能な宅配ボックスを望む声も聞こえてくるかと思いますが……。
「宅配ボックスがほんとうに万能かどうか、ということにはちょっと疑問を抱いていて。一般的には1個の荷物しか受け取れませんよね。なのでお歳暮やお中元の時期など1日にいくつも荷物が届くシーズンのことを考えると、あまり意味がないのでは……とも思います。最近では2個以上の荷物を受け取れる宅配ボックスも出ているようですが、ただでさえ大きい宅配ボックスがますます大きくなって玄関まわりを圧迫してしまう」
ところでポストや宅配ボックスは、壁に埋め込んで家の中から取り出せるようにするか、あるいは外に出て荷物を取り出すか、二つの選択肢があります。
「この高気密・高断熱の時代にわざわざ壁に穴を開けるのはナンセンス。軒下で受け取るのが合理的だと思います」…というのが関本さんの見解です。
#10 定番のオリジナル玄関ドア

玄関ドアのデザインは、ピーラー(ベイマツ)の横張り+キシラデコール塗装が基本。時折、縦張りにしたりタモを使ったりとバリエーションがありますが、定番中の定番がこの玄関ドアです。
「建具屋さんに制作してもらっているのですが、どうしても既製品に比べると断熱性・気密性で劣ってしまうので、それをカバーできるような工夫を施しています」
反り対策として中に鉄芯を入れ、断熱材も入れています。下からの隙間風には、扉を閉めた時に下りる気密シャッターを仕込んでシャットアウト。ドア枠にはパッキンを取り付け、エアタイト仕様に。こうして聞くと、つくり方はほぼメーカーのドアと同じですが……。
「オリジナルで制作すると、金物を自由に選べるんです」

レバーハンドルには堀商店の「LBR」を使用。
「この形がすごく好きで。日本人の手にすっぽりと収まるんですよね。扉の金物やハンドルは、設計者の署名のようなものだと思うのです。こういうところのパーツに何を選ぶかで、設計者の考え方が象徴的に浮き彫りになる。そこはものづくりのなかで、手放したくないんですよね。作者が最後にサインをしたためるような感覚で、パーツを選んでいます」
良い既製品を選ばない手はない、
どうしてもノイズが出る時はオリジナルで
できれば既製品を用いず、オリジナルでつくりたい……という設計者も多くいますが、関本さんは既製品選びも、設計者の職能だと肯定的に語ります。
「私が好きな北欧建築の巨匠たちは、ハンドルや照明、家具に始まりたくさんのモノをつくりました。ただ当時は良い既製品がなく、オリジナルでつくらざるを得なかった、という背景もありました。もちろん今もつくることは大事だけれども、優れた既製品がたくさんある。たとえ不満があっても翌年に改善されているということもあるので、そこに乗らない手はない、と。だから既製品を選ぶのは嫌いじゃないんです」
そのまなざしは、製品の背景にも向けられます。
「何気なく手に取るプロダクトは、その背後に、私たちが設計に向き合うのと同じくらいの深い情熱を注いでいる人たちがいる。その情熱が良い形で現れているものにはリスペクトを示して、自分の設計の構成要素に加えていきたいですね。既製品はクラフトマンシップの集合体のようなもの。メーカーで開発に携わっている方々と話すのも大好きで、ワクワクします」

そんな関本さんのパーツ選びには、どのような基準があるのでしょう?
「パーツ選びは、オーケストラの指揮者や映画監督の仕事にも似ていると思います。キャストが主張しすぎないように、“もう一歩引いて” “いや、もう少し目立ってもいいよ”など、調整を図る。基本的には“みんな静かに!”ということが多いですね(笑)」
皆、主張しすぎない。けれども光がスッ……と一条差した時に、質感がさりげなく現れるような豊かさは引き出したい、という塩梅。
「要は全員が名バイプレイヤーであってほしいのです。主役は、あくまで住まい手の生活ですので。そして空間は念入りにロケハンした撮影場所のようなものです。住まい手という主役がフレームインしてくると、生き生きと暮らしを引き立てる。そんな背景を設計したいんです」
リオタデザインでよく手がける20〜30坪の小住宅の場合では、登場するキャストはなるべく絞るとのこと。キャストが多くなりすぎると、「全員、退場!」ということにもなりかねません。そこで出番が回ってくるのが「オリジナル」です。
「どうしてもノイズを消したい、という時にオリジナルで制作します。造作などのオリジナルは、第三者から見ると設計者のこだわりと思われるかもしれません。ただ私にとっては、全体を調和させるためにいかに整えるか、という作業です。自分にとってデザインとは、“主張”の対義語のようなものなのです」

関本さんにとってのノイズレスってなんですか?
「ノイズ」というワードが出てきたところで、おうかがいしたいのが、関本さんにとっての「ノイズレス」。
「私はノイズという言葉をよく使うんです。矛盾するように聞こえるかもしれませんが、ノイズはデザインにとって大切な要素なんですね。全体を整えていく作業は、ノイズを消していく作業。いわば、ノイズレスですよね。ただそこを徹底しすぎると、原理主義的なミニマリズムに陥って、空間に人間性やあたたかみが宿らない」
ちょっと、だらしなくてもいい。休日は髪がボサボサのままダイニングテーブルについたり、リビングでほろ酔い気分で寝転がったり。そんな日々を受け止める空間をつくりたい……と関本さんは語ります。
「住まい手の生活がもっとも映える背景づくりに徹するのが、設計者の仕事だと思っています。ただそれはすべてを排除する、ということではないんですね。最後に何かが残らなければいけない」
そこに残るものが、リオタデザインらしさ。
「すみません、説明はできないけれどもこうしたいのです」と、譲れないものが最後に残る。それが、住まい手が家に対して抱く愛着になる。整える努力を最大限重ねた後の、1点のノイズに宿る愛おしさと尊さ。
「逆説的に言えば、商業系の設計はあまり得手としていないのです。それはたくさんノイズを求められるから。人ってノイズがたくさんあるとテンションが上がりますよね。商業系の建築において人は受け身で、特別な非日常感でもてなしてほしいと考える。エゴの強い建築に盛んに話しかけてもらえるほうが、自分が“無”でいられてラクなんです。
でも私はそんなノイズの出し方に、ちょっと苦手意識があるんですよね。
やっぱり住宅の控えめなノイズの出し方のほうが、自分の性に合っている。だから、いまだに住宅をコツコツとつくり続けているのかもしれません」

〈このコラムで紹介したパーツ〉
・ダイニング照明:ルイスポールセン - パテラ オーバル
・猫の爪とぎ柱:造作
・不織布クロス:ナガイ - エコフリース
・靴箱:有孔ベニヤ塗装 : プラネットジャパン - プラネットOPシリーズ
・外壁木材塗料:小川耕太郎∞百合子社 - ウッドロングエコ
・外壁材吹付塗装:エスケー化成 - セラミソフトリシン
・玄関枕木
・郵便ポスト:bobi(ボビ)社 - スリムボビJ
・玄関ドアハンドル : 堀商店 - LBR
*前編はこちら
【プロフィール】
関本竜太
1971年埼玉県生まれ。1994年日本大学理工学部建築学科卒業。1994年〜99年エーディーネットワーク建築研究所。2000年〜01年フィンランド ヘルシンキ工科大学(現アールト大学)留学。2001年現地の設計事務所でプロジェクトに関わり、同年12月帰国。2002年一級建築士事務所リオタデザイン設立。2007年株式会社リオタデザイン代表取締役。2008年〜14年 / 2016年〜20年日本大学理工学部非常勤講師。日本建築家協会(JIA) 会員、北欧建築・デザイン協会(SADI) 理事
関本さんのホームページ:https://www.riotadesign.com/
【巣の家】
東京都西東京市
延床面積 76.94㎡(23.27坪)/ロフト含まず
構造 木造在来工法 地上2階建て+ロフト
竣工年月 2022年
設計・施工 株式会社宮嶋工務店
