パーツ探訪 「伊礼智さんに訊く、心地よい空間を支える建築パーツへの探究心」(後編)

パーツにフォーカスしながら、建築家の設計哲学を浮き彫りにする「パーツ探訪」。
今回も建築家・伊礼智さんにお話をうかがいます。
前編は建具を中心にお話いただきましたが、後編は開発のエピソードや、既成品のアレンジなどについて教えてもらいました。(前編はこちら)

話をうかがったのは、伊礼さんが設計した柴木材店さんのモデルルーム「里山の平屋暮らしの家」(茨城県つくば市春風台) 

伊礼智 (いれい さとし)
1959年沖縄県生まれ。1982年琉球大学理工学部建設工学科計画研究室卒業。1983年同研究室生修了。1985年東京藝術大学美術学部建築科大学院修了。丸谷博男+エーアンドエーを経て、1996年に伊礼智設計室を開設。2005年〜2016年日本大学生産工学部建築工学科「居住デザインコース」非常勤講師。2016年〜2022年 東京藝術大学建築科非常勤講師。2024年より日本大学芸術学部非常勤講師。「住宅デザイン学校」学長。

 

 

#7 つくり手のエゴを出さないことを目指して開発したノイズレスな雨樋

どの家にも当たり前のように付いている雨樋。
建築本体に対してオマケのような存在であるけれども、質感がチープでデザインが野暮ったい。せっかく外観デザインをつくり込んでも、その「オマケ」が妙に存在感を放ってしまう……。

誰しもこう思っているはずなのに、予算をかけるべきものでもないから、既製品を甘んじて使うことしかできない。
そんな状況に、伊礼さんが一石を投じたのは、18年ほど前のことになります。

良い雨樋がない、けれども隠そうとして設計すると、どうしても水のトラブルが起きやすくなってしまう。
どうしたものかと考えあぐねていたところ、たまたま新人スタッフが雨樋のカタログ請求をしたことがきっかけで、とあるメーカーと縁ができ、伊礼さんはそれまで抱えていたフラストレーションを吐露。

「だったら、つくりましょうか?」
と応えてくれたのが、「雨のみちをデザインする」ことを謳った、雨樋や外壁材を扱うメーカー「タニタハウジングウェア」でした。

欲しかったのは、クセがなくて目立たない雨樋。

「いかにもデザインした……というのもイヤなんです。
つくり手のエゴが滲み出たようなものは、好ましくないと思っていて。
雨樋も、個人の建築家としてのテイストはあえて加えず、目立たず、誰も気づかず、新しさも感じないようなものがよい。

昔は建物に合わせて1軒1軒、雨樋を板金屋さんがつくっていたんですよね。
違和感を感じさせない、昔の家に付いていたような雨樋が、今つくれないものか。
こうして「タニタハウジングウェア」さんとの開発が始まりました」(伊礼さん)

スケッチをもとに模型をつくってもらい、試作品を製作。
「実際に竣工を控えた住宅に取り付けて、ラッパを小さくしたり、エルボ(縦樋を曲げるための部品)の首を縮めたりするなど、調整を施して完成しました」(伊礼さん)

「スタンダード半丸」と命名されたその雨樋は、一般的に樹脂被膜が使われているところ、ガルバリウム鋼板でできており、鋳物のような質感。
最近の雨樋は角形も多いところ、昔ながらの半円形で、上から吊るため下から金物が見えません。
集水器の存在感もシンプルかつ控えめで、総じてスッキリとしています。

「ガルバリウムは耐久性があって軽く、高級感もある。
もちろん塩ビ製に比べれば高いものの、二の足を踏むような価格ではありません。費用対効果を考えれば、コストに十分に見合った製品だと思います」(伊礼さん)

 

 

#8 20年以上使っている定番中の定番、
マグマ由来のシラス壁

ほっと心がなごむ、拠り所のような壁の定番は、「高千穂シラス」の「薩摩中霧島壁」。
20年以上にわたり伊礼さんが使い続けている左官材です。

シラスとは、マグマが岩石となる前に粉末となった原始的な土のこと。マグマの超高温で焼成された高純度無機質セラミック物質です。
微粒子のなかに無数の穴が空いた構造で、主成分は除湿剤の主原料でもある珪酸。ガスの吸着性能が高いアルミナも含んでいるため、ニオイや化学物質の分子を吸着します。

「白華(はっか)という表面が白くなる現象が起こるのですが、塗り替えようとしたら下地壁にくっついて剥がれないのにはびっくりしました。左官材は剥落することがありますが、これは針状結晶でギザギザの構造なので非常に落ちにくいのですね。
接着剤は使わずつなぎの材料等も100%自然由来の素材と聞いており、調湿性やニオイの吸着性などの性能や質感も気に入り、使い続けています」(伊礼さん)

伊礼さんの定番は、落ち着きのあるベージュ「SN-16」。巷では「伊礼色」とも言われているそうです。

 

 

#9 情緒漂う簾戸、
実は使っている生地は……?

簾をはめ込んだ「簾戸(すど)」は、強い光を遮りながら風は通し、目に涼やか。日本の風土が生んだ建具の一つです。中から外の景色は見えますが、外から内側は見えません。伊礼さんはそんな簾戸を、洗濯室やユーティリティなど、程よいプライバシーや風通しが求められる部屋に使っています。

ただし、一般的な簾戸と異なるのは、「ブラインドの生地を使っているんです」(伊礼さん)

ほんものの簾を使うと、手間もかかり壊れやすい。
また実際の簾戸は、簾の表情に存在感があり、和の印象が強くなります。
生地だけブラインドに使われているものを活用すれば、透け感や色みの幅も広がり、モダンな印象に。
日本の伝統の知恵を、現代的かつ合理的にアレンジした伊礼流の簾戸です。

 

 

#10 家訓のように受け継がれてきた
「金物はケチらず良いもの」という教え

「金物はケチっては、いけない。先輩たちに叩き込まれてきた、家づくりの基本です。吉村順三先生も、たとえ建具そのものは安価な材料を使っても、金物の質を落とすようなことをしたら、ただのバラックになってしまう……ということをおっしゃっていました」(伊礼さん)。

こうした家訓にも似た教えを、伊礼さんは固く守っています。これは堀商店の「非常解錠装置付引戸内締り錠」(7E)。内締り錠というのは、扉の室内側からだけ閉められる錠のこと。

「万が一、トイレで倒れた時でも救出できます」(伊礼さん)

出っ張りがわずかなため、引き込み戸にも使うことができます。

良い金物を使うことは基本として、遊び心をプラスするために、こんなアレンジも。クセのないラワンの戸に、引き手部分だけ色みの濃いチークを使用。

「性能が良いものを、可愛らしく使うのがポイントです(笑)」(伊礼さん)

 

 

オリジナルはいらない
みんなに使ってもらえれば 

空間をかたちづくるパーツや建材の一つひとつに、しかるべき理由や来歴があることがうかがえます。いずれにも共通しているのは、「建築家の理屈だけでなく、住む人の立場になって考える」ということ。空間をかたちづくるパーツや建材の一つひとつに、しかるべき理由や来歴があることがうかがえます。

いずれにも共通しているのは、「建築家の理屈だけでなく、住む人の立場になって考える」ということ。

「建築的に美しい納まりが、住まい手にとって良いとは限りません。もしかしたら、カッコいいけれども実は掃除がしにくい……ということもあるでしょう」(伊礼さん)

また開発に携わる時は、「開発者と使用者の間に入れる存在」であることを、とくに意識しているとのこと。そして「自分だけの製品というのではなく、たくさんの人に使って欲しい」とも伊礼さんは言います。 

「建築家ってほかの建築家がデザインしたものを使うのを、嫌う傾向があるんです。「タニタハウジングウェア」さんの雨樋「スタンダード半丸」も、当時、名前は出さないでやっていました(笑)」

自分がつくったということよりも、重要なのは、多くの人のもとに届くこと。

「自分だけのオリジナルをつくりたい、という気持ちはないんです。

メーカーとつくって売れないとがっかりしますし、売れると本当に嬉しくなります。ミュージシャンと同じですね(笑)」(伊礼さん)

 

 

伊礼さんにとっての、
Noizlessって何ですか?

けれども建築家なら、自分の色を出したいという思いがあるのではないでしょうか?

「むしろ作家性を消したいんです。アノニマスで良いパーツは、たくさんあります。かつて金物屋さんがつくっていた雨樋、建具屋さんがつくっていた建具……。
誰のデザインも邪魔しない。誰もが使いやすい。そのような意味で、「Noizless」は目指すところでもありますね。

パーツに限らず空間で言えば、あるべきものがふさわしい場所にあり、ふさわしいプロポーションとバランスが取れている状態。それが、自分にとっての「Noizless」です」(伊礼さん)

ただし一般的には、安易に真似をされるのは好ましくない、という考え方も多いように思いますが……。

「使ってもらったり、真似してもらえることに誇りをもっています。良いものを、みんなが喜んで使ってくれて、住環境のレベルが少しでも良くなれば、と願っているんですよ」(伊礼さん)。

磨き抜かれているけれども普遍性があり、末長くそっと暮らしに寄り添ってくれる。そして多くの人に使われるからこそ、価値がある。
そんな視座がパーツから空間まで通底しているからこそ、「なんだか気持ちが良くて、ホッとする」住まいが生まれるのでしょう。

 

【この記事で紹介した建築パーツ】

タニタハウジングウェア 雨どい「スタンダード半丸」
高千穂シラス 「薩摩中霧島壁
簾戸
堀商店「非常開錠装置付引戸内締り錠(7E)


  

【プロフィール】

伊礼智

1959年沖縄県生まれ。1982年琉球大学理工学部建設工学科計画研究室卒業。1983年同研究室生修了。1985年東京藝術大学美術学部建築科大学院修了。丸谷博男+エーアンドエーを経て、1996年に伊礼智設計室を開設。2005年〜2016年日本大学生産工学部建築工学科「居住デザインコース」非常勤講師。2016年〜2022年東京藝術大学建築科非常勤講師。2024年より日本大学芸術学部非常勤講師、「住宅デザイン学校」学長。

伊礼さんのブログ:https://irei.exblog.jp/
i-worksプロジェクト:https://i-works-project.jp/
適正価格であり、多くの人に住まいの心地よさを感じてもらいたい。こんな考えに基づいて2012年から「i-works」という、プロジェクトも展開。プランはもとより、工務店・建材メーカー・研究者と協力することでディテールやパーツの標準化を実践しています。

 

【DATA】

柴木材店「里山の平屋暮らしの家」
茨城県つくば市
延床面積 120.43㎡(36.44坪)
構造 木造軸組工法
竣工年月 2019年
設計・施工 株式会社 柴木材店 *予約見学可能

株式会社 柴木材店
茨城県下妻市高道祖4316
TEL 0296-43-5595
https://www.shiba-mokuzai.com/
https://www.instagram.com/shiba.moku/