パーツ探訪 「伊礼智さんに訊く、心地よい空間を支える建築パーツへの探究心」(前編)
話をうかがったのは、伊礼さんが設計した柴木材店さんのモデルルーム「里山の平屋暮らしの家」(茨城県つくば市春風台)
「懐かしいけれども古くならない」普遍性のある空間デザインを支えるのは飽くなきパーツへの探究心
新シリーズ『パーツ探訪』は、建築家によるパーツ選びを紹介します。
第1回目はこれまで300軒以上のもの設計を手掛けてきた、建築家の伊礼智さんにお話をうかがいます。
「なんだか気持ちが良くて、ホッとする」という作風で知られる、伊礼さん。
住宅設計のレジェントのような大先輩たちからパーツ選びの極意を学び、さらにはパーツそのものの開発に携わるなど、並々ならぬこだわりをおもちです。
今回訪れた、「里山の平屋暮らしの家」(柴木材店モデルハウス、2019年)も、そんな伊礼さんの設計哲学が隅々まで貫かれています。
内外をつなげるフルオープンできる建具やデッキ・物見台。子育て世代からシニア世代までが過ごしやすい普遍性のある間取り。高気密・高断熱も担保し、これからのベーシックハウスとも言える住まいです。
そんな伊礼さんが手掛ける「懐かしさを宿しながら、古くならない」空間をさりげなく支える、パーツという小さな主役たちの物語を教えてもらいました。
伊礼智 (いれい さとし)
1959年沖縄県生まれ。1982年琉球大学理工学部建設工学科計画研究室卒業。1983年同研究室生修了。1985年東京藝術大学美術学部建築科大学院修了。丸谷博男+エーアンドエーを経て、1996年に伊礼智設計室を開設。2005年〜2016年日本大学生産工学部建築工学科「居住デザインコース」非常勤講師。2016年〜2022年 東京藝術大学建築科非常勤講師。2024年より日本大学芸術学部非常勤講師。「住宅デザイン学校」学長。
いずれも控えめな存在感でありながら、選ぶにはしかるべき理由がある。気持ちのよい空間を構成するパーツを、紹介します。
#1 ここぞ、という時にはコレ「フルオープンできる高気密・高断熱の木製サッシ」
「豊かなものは、外からやってくる。そして外部と内部の関係を司る回路のようなものが、開口部」と言う、伊礼さん。
空間設計の肝は、いかに外部を気持ちよく採り入れられるかということ。
いわば、建具は空間全体を左右するパーツとも言えます。
「かつては木製建具をオリジナルで設計するのが常でした。ただ住宅を取り巻く環境も変わり、昨今では気密性能の確保という点で難しさもあります」(伊礼さん)
そして「ここぞ」という時に採用しているのが、アイランドプロファイル社の木製サッシ。セレクトの理由は性能の高さに加え、操作性がよいこと。大型開口であるにもかかわらず、動かしやすいのもポイントだそう。
「ヘーベシーベ」という大型引き込み戸を用いることで、ぬくもりある室内空間と外部を一体的につなぐことができ、窓を開けていても閉めていても美しく見えます。いわば、「閉じてよし、開いてよし」という状態。伊礼さんが家づくりにおいて大切にしていることの一つです。
#2 開発段階から携わった「閉じてよし、開いてよし」の引き込みアルミ樹脂のハイブリットサッシ
もう一つの定番が、LIXILの大開口窓「LWスライディング」。こちらは開発段階でメーカーから協力依頼があったそう。
「それまではメーカー品のアルミ製や樹脂製で1本の片引き戸というものを見かけなかったものでした。ただ、メーカー品のサッシは断熱・気密性能が高いのは魅力。常々、1本の片引き戸があったら……と思っていたところ、メーカーから声をかけてきてくれたのです」(伊礼さん)
アルミ樹脂のハイブリッドサッシは気密性能が高いことはもちろん、「閉じてよし、開いてよし」という伊礼さんのモットーを反映したもの。
室内からフレームが見えないように隠し框(かまち)にできるデザインで、障子の開けはじめをアシストするハンドルも縦枠に内蔵させたすぐれもの。
使わない時は縦枠内にすっきり納まるので、ノイズレスな空間を実現できます。
「網戸がきれいに見えるのも、気に入っています。窓枠と網戸のフレームラインがそろっていて、メッシュも細かいんですね」(伊礼さん)
ところで、今でもできることなら「建具は木製で、オリジナルでつくるべき…」という考えが、建築家には根付いているのではないでしょうか。
「けれどもここ数年の、サッシメーカーの奮闘は素晴らしいですよ。
パーツの開発には二つのロジックがあります。
まず一つは、製造・つくりやすさのロジック。
もう一つは、建築家や住まい手のロジック。
かつては前者が大きかったように思いますが、最近はメーカーが後者も意識するようになってきた印象を受けています。
開発時には現在の建築業界の課題であるリサイクルまで見込んでおり、これもメーカーならではの強みだと思います」(伊礼さん)
#3 住まい手のひと言で生まれた光と風を気持ちよく導いてくれる「ガラリ戸」
伊礼さんの設計の代名詞でもある一つが、ガラリ戸です。
ガラリとは、平行な羽根板のこと。
設計に採り入れるようになったのは、20年ほど前に住まい手の方から言われた、「夏の夜は窓を開けて寝たい」という要望がきっかけだったそう。
そこで考案したのが、雨戸代わりの網付きのガラリ戸でした。
網戸と雨戸の役割をもち、鍵を掛ければ窓を開け放して過ごすことができます。
夜風を感じながら就寝できるのはもちろんのこと、昼間も外からの視線や強い
日差しを程よく遮ってくれる効果が。
さらに、台風・強風による飛来物も防ぐなど、暮らしのなかでオールマイティに活躍してくれる存在です。
「ガラリから入ってくる光が描く表情も、見応えがある。内と外をさまざまな場面でつないでくれる建具です」(伊礼さん)
#4 ボトムが薄い軽やかな存在感の「ハニカム・サーモスクリーン」
蜂の巣のように六角形の断面が連なり、窓と室内の間に空気層をつくることで断熱効果をもたらす、ハニカム・サーモスクリーン。今回は寝室で使っていますが、ふだん伊礼さんは、脱衣室に採用することが多いそう。
さまざまなメーカーから登場していますが、伊礼さんが長年にわたり愛用しているのは「セイキ」のもの。
「和紙のような風合いで空間にもしっくりなじみます。ボトムが薄く、印象が軽やかなのも気に入っています」(伊礼さん)
#5 しっぽまでアンコが詰まったタイヤキのような「LEDランプ」
「このLEDのボールランプ、通常のランプと何が違うかわかりますか?実は、白熱電球のように全体が均質に光るんです」(伊礼さん)
LED照明は根本がヒートシンク(※1)で覆われており、実際に光る部分は半円状のタイプというのが大半。
したがって照明に光が灯ると、姿を表すのはボールランプの半分だけになってしまいます。また全球が光るデザインでも、LEDモデュールとヒートシンクの関係から、どうしても根本の光が弱々しくなり、ムラが生じてしまいがち。
しかし「フジワラ」がオリジナルで開発した「FU-38 LEDボール球」は、根本までしっかり光る仕様で、丸い光が均一に放たれます。
「しっぽまでアンコがぎっしり詰まった、タイヤキのようですよね(笑)。
出会いのきっかけは、住まい手の方が自社でつくっているもので……と送ってきてくれたこと。
さっそく、伊礼智設計室のレギュラーメンバーになりました」(伊礼さん)。
(※1) 照明にこもった熱を逃す機構のこと。温度が上がるとLEDの発光効率の低下を招いたり、省エネ効果が損なわれる可能性がある
#6 先輩へのオマージュが込められた「永田格子」
比較的小さな開口に対して、伊礼さんがよく使うのが格子窓。
西日のように強い光をやわらげてくれます。
「格子を通して光が入ってくると、光が室内に遊びにきてくれるような楽しさがありますよね。また、既製のアルミ樹脂サッシを使う場合も、その存在感を隠してくれる。空間が、ぐっと自分らしくなるんです」(伊礼さん)
この格子窓は、先輩である建築家・永田昌民さん(1941〜2013)が好んで使っていたもの。
伊礼さん流に寸法をアレンジしていますが、永田さんに敬意を表して「永田格子」と呼んでいます。
その永田昌民さんが薫陶を受けていたのは、居心地の良さを追究した建築家・吉村順三さん(1908〜1997)。伊礼さんも吉村さんに憧れて、弟子である奥村昭雄さん(1928〜2012)の研究室で建築を学んだ時期もあり、いわば永田さんは敬愛する大先輩。
「やはり良いものは残していきたいんです。吉村先生が設計していた障子も吉村障子と呼ばれ、開口部デザインの一つのスタンダードとなりました。
永田さんの格子も、永田格子と呼んで使っていくことで名が残り、若い世代が永田昌民さんの仕事を見聞きする機会が増えるでしょう。
アップデートしていくことは大切ですが、普遍的によいとものもたくさんあるのです」(伊礼さん)
【この記事で紹介した建築パーツ】
・アイランドプロファイル社「へーべシーべ木製サッシ」
・LIXIL「LWスライディング」
・がらり扉
・フジワラ「FU-38 LEDボール球」
・セイキ「ハニカム・サーモスクリーン」
・永田格子
後編では、「ノイズレスな雨樋」の開発秘話や、「定番の左官材」「オリジナルの簾戸」のエピソード、さらにかわいらしい金物のアレンジなどのパーツを紹介。「オリジナリティはいらない」という設計哲学も語っていただきます。
後編はこちらから▶️
【プロフィール】
伊礼智
1959年沖縄県生まれ。1982年琉球大学理工学部建設工学科計画研究室卒業。1983年同研究室生修了。1985年東京藝術大学美術学部建築科大学院修了。丸谷博男+エーアンドエーを経て、1996年に伊礼智設計室を開設。2005年〜2016年日本大学生産工学部建築工学科「居住デザインコース」非常勤講師。2016年〜2022年東京藝術大学建築科非常勤講師。2024年より日本大学芸術学部非常勤講師、「住宅デザイン学校」学長。
伊礼さんのブログ:https://irei.exblog.jp/
i-worksプロジェクト:https://i-works-project.jp/
適正価格であり、多くの人に住まいの心地よさを感じてもらいたい。こんな考えに基づいて2012年から「i-works」という、プロジェクトも展開。プランはもとより、工務店・建材メーカー・研究者と協力することでディテールやパーツの標準化を実践しています。
【DATA】
「里山の平屋暮らしの家」
茨城県つくば市
延床面積 120.43㎡(36.44坪)
構造 木造軸組工法
竣工年月 2019年
設計・施工 株式会社 柴木材店 *予約見学可能
株式会社 柴木材店
茨城県下妻市高道祖4316
TEL 0296-43-5595
https://www.shiba-mokuzai.com/
https://www.instagram.com/shiba.moku/