【イベントレポート】「Noizless vol.2」発刊記念|建築設計・デザインにおける「ふつう」を考える会議(後編)

1013日に発売した「Noizless vol.2」。その発刊記念イベントを、119日に株式会社NENGOさん(神奈川県川崎市高津区溝口)のショールームで開催しました。

「究極のふつう」をコンセプトに掲げるNENGOさんと「私にとっての“普通”を知る、選ぶ、暮らす」を探求するNoizless。建築や暮らしにおける“普通(ふつう)”をテーマにそれぞれの立場で語り合いました。

イベントレポートの後編では、NENGOさんの最新プロジェクトをご紹介します。

前編はこちら→ 


 

「究極のふつう」を体現するコートハウス

〈濱口さん〉ではここからはNENGOの取り組みについて紹介をしていこうと思います。冒頭でも話した100年後の街つくり」を実現するための「究極のふつう」という考え方ですが、私たちはそれを「物理的にタイムレス」「感覚的にタイムレス」「感傷的にタイムレス」という3つに分解しています。

この考え方で建築事業や不動産事業をいろいろやっていますが、先月この3つを体現する新築の戸建て住宅のプロトタイプが完成したので紹介します。

濱口智明さん(株式会社NENGO・街つくり事業部マネージャー、一級建築士、宅地建物取引士) 株式会社ゼロワンオフィスにて住まいを中心に建築設計に携わったのち、株式会社エンジョイワークスにて自由設計住宅の設計開発や空き家再生による事業企画などを行う。2021年、株式会社NENGO・街つくり事業部に入社。100年後を見据えた街つくりのため、不動産と建築の両方にまたがり各種事業を展開中。https://nengo.jp/

名前は「NENGOの家。」副題で「家と庭と▢。」としていまして、こういうおうちです。写真をご覧ください。

リビングから木がたくさん見えますが町田市の住宅街の旗竿地です。

この家の特徴は、家の周りが全て高さ5mの壁で囲われていること。その中に家と庭があります。隣の家が近い場合、普通の高さの塀を建てても家の中は隣家から丸見えになり、日中でもレースのカーテンを閉めて生活することになりますが、このモデルハウスはカーテンがいりません。

お風呂からも庭と空しか見えません。

この家は庭も含めて素っ裸で生活しても外から見られることがない、裸族向けの家でもあります(笑)。 

〈宇野〉たしかに(笑)。壁の高さ5mはどのようにして決めたのですか?

〈濱口さん〉5mだとそれほど圧迫感が出ないですし、斜線制限が掛からないギリギリの高さなんです。どこにでもこれと同じ家を建てられるので、汎用性が高いです。

そもそも街なかに家を建てる場合、どの家も斜線制限を意識して屋根の架け方を考えたり、窓の配置を考えることになるので、結果的に街並みがしっちゃかめっちゃかになりやすいんですよ。壁で囲む形にしたのには、100年後の街並みを整えたいという想いも含まれています。

 

「3つのタイムレス」とは

〈宇野〉3つのタイムレスの意味も気になりますね。

〈濱口さん〉まず「物理的にタイムレス」というのは頑丈につくりますよという意味です。許容応力度計算をした上で耐震等級は最高等級の3を取っています。

次の「感覚的にタイムレス」というのはフレキシブルにできているという意味です。オープンでゆったりとした空間に暮らしを内蔵するつくりになっていますし、プライバシーが保たれているので、例えばお風呂を1階にして庭にテントサウナを置いて楽しむこともできます。それぞれの人の「ふつうの暮らし」を、この箱を使って実現していくイメージですね。可変性があるので、住む人が変わっても使い続けることができます。

最後の「感傷的にタイムレス」というのは、経年優化していく素材を使うということ。例えばこの家のフローリングは厚さ30mmの無垢材を使っていて、だんだんと味わいが深まっていきますし、寝室は大阪の堀田カーペットさんの上質な一枚物のカーペットを、内壁・外壁は当社が扱っている塗料ポーターズペイントで仕上げています。

山口さんからポーターズペイントの特徴を解説してもらえますか?

〈山口さん〉オーストラリアで生まれたポーターズペイントは、建築の修復技術と絵画の知識を掛け合わせた塗料で、「色」「質感」「ヒューマンメイド」という3つのこだわりがあります。

山口円さん(PORTER'S PAINTS JAPAN ブランド統括マネージャー・カラーコンサルタント)  美容業界に携わったのち、ペイントのできる賃貸情報サイトを当時運営していた株式会社NENGOに2007年に入社。日本全国36か所の代理店とともに事業を展開。https://porters-paints.com/

まず「色」の考え方ですが、多くの塗料メーカーさんが発色の良さに注力されているなか、ポーターズペイントはなるべく自然に、違和感なく心地よく過ごせることを大事にしています。そのため、他の塗料メーカーさんと比べると、鮮やかな原色よりも茶系の顔料の種類を多くそろえています。ポーターズペイントで塗装された壁は、主役になるのではなく、そっと空間になじむような仕上がりになります。

次の「質感」ですが、石灰や石、金属などの素材を塗料の中に混ぜ、それを刷毛で塗ることで、陰影などの表情をつくることができます。それは色だけでは表現できないものです。私たちは独特の表情を「目を引くおとなしい色」「控えめだけれど多弁な色」とよく言っています。

そして3つ目の「ヒューマンメイド」ですが、ポーターズペイントはご注文を頂いてから日本で一つずつ顔料を混ぜ合わせ、一色一色を確認した上でお客様の元に塗料を届けています。

オーストラリアでは自宅の壁を自分たちで塗り直すのが一般的ですが、日本でその経験がある人はあまりいません。そこで、私たちはお施主様にワークショップで塗り方のレクチャーをして、丁寧にポーターズペイントを伝えていこうとしています。

数年おきに自分たちで塗り直しができれば、家との関係性もどんどん育んでいけますので、そうやって愛着を深めながら、家を長く使ってもらえたらと考えています。

→山口さんによるポーターズペイントの解説は、このトークイベントとは別に取材をさせて頂きました。後日、Noizlessの別インタビューコラムにて掘り下げてご紹介しますのでお楽しみに。

〈濱口さん〉ポーターズペイントを施した壁はプラスターボードを張っているのですが、透かし目地で張っているのでクラックができません。この目地がノイズかどうか?という話にはなりますが、我々としてはクラック防止というバランスが取れた選択肢だと考えています。

ちなみにボードの大きさが910mmで目地の幅が4mmあるので、本当はボードを4mmずつカットする必要がありますが、その際にボードが欠ける可能性があるので、あえてそのまま張っています。そうすると目地の位置が梁や柱の芯からちょっとずつずれていくんですけど、僕らはそれを違和感のないものと捉えています。

〈宇野〉このモデルハウスは販売しているんですか?

〈濱口さん〉土地付きで販売しています。もちろん同じ規格の住宅を注文住宅でつくることもできますよ。

〈宇野〉旗竿地は家が建てにくい土地ですし、無理やり建てても住み心地のいい家にはなりませんよね。この高さ5mの壁に囲まれたモデルハウスは、その問題に対する回答になっていますね。

〈濱口さん〉都内で家を建てて、ちょっとした庭をつくっても全然使わず、お隣の家の借景にしかならないというケースは多いです。そういう問題を解決したいと思いました。

この家は1階・2階ともに30㎡で延床面積は60㎡なんですよ。でも外回りが全て使える空間なのでめちゃくちゃ広く感じられます。採光もしっかり確保できているのでとても明るいですしね。このコートハウスを広めていきたいです。

 

賃貸住宅にも、これからの時代に合った「ふつう」を

〈濱口さん〉次にリノベーションの話に移りますね。「くらしの『ふつう』リノベーション」というプロジェクトをやっていて、賃貸の一室をフルリノベーションした事例になります。

賃貸住宅のスペックって最小限・最低限なものになりがちで、それはオーナーさんが事業として成り立たせる上でそうならざるを得ないケースが多いんですよね。

でも、今一度、住む人にとっての「ふつう」って何?と考え直してリノベーションしたのが今回のプロジェクトです。

ここでは3つの「ふつう」という考え方を提案しています。

1つ目の「ふつう」が玄関の土間スペースです。元は小さな玄関の正面に廊下がある、賃貸でよくある間取りだったんですけど、玄関のすぐ左側の部屋を玄関とつなげて土間スペースにつくり変えました。例えば、在宅ワークをする人は以前と比べて増えていますが、そういう方にとって「ふつう」に使いやすい場所になります。他にも、子育て世代の家族であれば、ベビーカーを置くのにも便利です。

2つ目の「ふつう」は、新築分譲並みの断熱。冬寒くなくて、夏暑くないという当たり前であるべきことが、賃貸住宅ではなかなかできていない。そこで断熱改修を行い、断熱等級5の性能を持たせました。

 3つ目の「ふつう」は、上質な塗装仕上げ。賃貸ではビニルクロスが一般的で、それはオーナーさんからすると、内装業者さんに電話一本で張り替えてもらうだけなのでとても簡単なんです。でもそれをすると毎回大量のゴミを出すことになります。

ポーターズペイントで塗装をすれば、汚れや傷が付いた部分だけタッチアップで補修できるのでゴミが出ません。日本で一般化していない塗装という仕組みを広めたいですね。   

賃貸は改善するべきことが本当に多いので、こういう取り組みを行いました。コストは掛かりますが、差別化できるため、オーナーさんにとってもしっかり家賃で回収できるのではないかなと思います。

新築の戸建てと賃貸リノベーションの紹介をしましたが、ここに私たちが考える「ふつう」が詰め込まれています。

 

固定観念に囚われない「新しいふつう」

〈宇野〉濱口さんが考える「新しいふつう」という提案がとても面白いですよね。「ふつう」というとみんなの合意を得なきゃいけないものと思いがちですけど、今の多様化している時代のふつうは、それぞれが見つけ出すものだと思います。

宇野 健太郎 (森田アルミ工業・研究開発部 営業2部 取締役部長) 大阪の一風変わった集合住宅『都住創』で幼少期を過ごす。2005年 東北芸術工科大学(山形)現プロダクトデザイン学科卒。同年から都内の建築設計事務所で不動産を経験。2007年 森田アルミ工業株式会社入社。入社以来、森田アルミのデザイン全般を担当。2015年に東京オフィス、2020年レクト設計、2022年にNoizlessを立ち上げに参画。https://www.moritaalumi.co.jp/

先程のモデルハウスも今まで見たことがないモデルハウスですが、とても理に適っていますよね。建築の設計の世界でも建材の世界でも、みんなが固定観念にとらわれずに、新しい「ふつう」を模索していくことがとても重要だと改めて感じました。

〈濱口さん〉私は先程からずっと「ふつう」という言葉を使ってきましたが、全然普通のことはやっていないんですよね。結論じみたことを言うと、それは未来のふつうを目指しているからで、そうやって目指して行動することが大事だと思うんです。

ここで再びNoizlessの話に戻りますが、これからNoizlessが目指すことをお話し頂き締めくくってください。

 

〈宇野〉はい。NoizlessVol.210月に全国の書店に並びましたが、これからもVol.3Vol.4と続けていきたいと思っています。でも、本を出すことが目的ではなくて、一番大事なのは、一緒に建築を良くしていく人の輪をつないで広げていくことだと考えています。

今日は設計の方や建材商社の方、建材メーカーの方に来て頂きましたが、例えば今後一緒に新しい建材を開発するとか、そういうことをNoizlessをきっかけにできたらと考えています。もちろん商売はそんなに単純なものではないんですけど、理想を失ってしまったら面白くありません。これからみんなのNoizlessになりたいと思います。

街をよくする、家をよくする、暮らしをよくする…。そのためのプラットフォームのような場を目指していきますので、これからもよろしくお願い致します!

 

以上、前編・後編に渡って「Noizless vol.2」発刊記念イベントの内容をご紹介させて頂きました。

また、本イベントではNENGOの山口さんによるポーターズペイントの解説もありましたが、ポーターズペイントについては、後日別の記事で掘り下げてご紹介します。こちらもお楽しみに!