【パーツ探訪】比護結子さんに訊く「 暮らしが入って完成するものだから建築は少し引き算気味に」(前編)




小住宅ならではの一石二鳥……ではなく、三鳥以上の空間づくり

小さいけれども、おおらか。大胆なのに、きめこまやか。素朴だけれども、ていねいに。

一級建築士事務所ikmo(アイケイエムオー)の比護結子さんが手掛ける住宅は、そんな驚きや楽しさに満ちています。

パーツを選ぶ時の基準は、「素朴で、可愛くて、機能的なもの」。造作も微に入り細に入りつくりこむよりも、ざっくりとおおらかな雰囲気にするのが好みだそう。

「住宅は人とお施主さんのモノが入って完成しますよね。なので建築だけでつくり込みを過剰にすると、生活が入った時にうるさくなってしまう。どちらかというと、引き算気味に考えています」

比護結子さん:愛知県豊田市生まれ。奈良女子大学家政学部住居学科卒業、東京工業大学大学院修士課程修了。1999年、柴田晃宏と一級建築士事務所ikmo設立。桑沢デザイン研究所非常勤講師(2005-2025)、芝浦工業大学非常勤講師(2012~)などをつとめる。「キチ001」(東京建築士会住宅建築賞)、「cotoiro」(グッドデザイン賞2015)、「おかやまのいえ」(第9回JIA中国建築大賞住宅部門優秀賞)、「椿庵」(「千葉県建築文化賞」住宅部門最優秀賞)、「さうさうのいえ(千葉県建築文化賞・住宅部門 最優秀賞)」などを受賞。

 

都心ではコンパクトな物件を手掛けることが多い比護さんですが、小住宅でありながらスケールの大きい空間をつくることにも定評があります。

空間構成はダイナミックでありながらホッとする居心地の良さや、小住宅ならではの設計手法を、パーツやディテールから探ります。

今回訪れた「さうさうのいえ」の敷地は26坪強で、住宅地と緑地の間にある斜面に位置しています。敷地には老朽化した擁壁と地下駐車場がすでにあり、これらを撤去・更新するために、道や地形と住宅との関係を再編集しながら、新しい風景をつくる住宅を計画しました。

まずは斜面に沿って、階段状の擁壁と建物基礎、地下室の壁をRC造で新築。地形に沿ったランドスケープをつくったことで周囲への圧迫感も軽減され、道を明るくする意図もありました。

そして新設した地盤の上に、木造2階建てのボリュームを載せる……という計画です。

地下室は道とつながる場となり、上層階はプライバシーと眺望を確保できる住宅スペースとなります。そして南北に長い敷地の中央に吹抜けの階段を設け、それぞれ南と北に、床レベルが異なる居場所を設けるスキップフロアの構成を取っています。

 

 

#1  あえて玄関はつくらない働き者の土間と、来訪者を迎えるライブラリー


地下室と聞くと暗くて狭い場所を想像しがちですが、「さうさうのいえ」の地下室に相当する空間は、大きな開口部から光とまちの景色が見えるオープンなスペースです。

そしてこの場所の室名は「土間」。ふつうなら「玄関」と呼ばれる場所なのかもしれませんが、あえて靴を脱ぎ履きするためだけの玄関にせず、内と外がつながる多目的な場所にするのが、比護さん流です。

土間にすると、玄関、趣味室、来客スペースを兼ねて多目的に使えるのもよいところ。

「敷地や住まい手の性格にもよりますが、まちに対してオープンに開くことが多いですね。玄関というワンクッションを設けずにダイレクトに家と周辺環境がつながる。近所の人たちも親しみを覚えやすく、日頃から周囲とつながっておくと、災害など、いざという時に助け合うきっかけにも。広い意味でのセキュリティになると思うのです」と比護さん。

また、土間からスキップして上がったプレイルームの前面には本棚を造作しました。ゆるい勾配の階段は座って読書に耽られるライブラリーにもなり、来訪者を迎えます。

「本は、選ぶ人の性格や趣味があらわれるもの。玄関近くにライブラリーがあると、挨拶がわりにもなりますよね」

階段の一部も本棚になっており、徹底して場を有効利用しています。

室内の階段は、道への圧迫感を軽減するために階段状にした擁壁+外部の木の階段と窓を介して連続し、床面積以上に伸びやかな印象をもたらします。

「コンパクトな住宅の場合、一つの場所でさまざまなことを解決しなければなりません。ここでは、地形、擁壁、読書スペースなど諸課題を解決しながら空間を有効利用しています」

 

 

#2  6枚の床をつなぐ鉄骨階段は居場所にも家具にも

「さうさうのいえ」では、鉄骨階段を中心に、地下室からロフトまで異なる床レベル6フロアが展開します。

手すりは規格寸法の27.2㎜φと21.7㎜φのスチール製の丸パイプで、曲げたり溶接したり一般的なつくり方。階段そのものは構造的にはささらで支えている仕組みとなります。

「一つの場所をいろんな用途に」という設計哲学はここでも通底し、踊り場は寝室に。

またささらには手すりと同じ丸パイプを取り付け、階段の一部がハンガーとして、服を吊るせる家具のような働きぶりをするのも、ユニークです。




#3 日本の杉でつくった足裏に優しいJパネル

階段の段板には国産杉材を3層に重ねて接着した厚36㎜の「Jパネル」を使っています。

強度と寸法安定性に優れているため、1枚でそのまま段板として使うことも可能です。

「低炭素建築物の認定を取るため、日射コントロールでLDK(後編参照)には障子を入れています。少し和の雰囲気が出るため、床もバランスを取って洋風に偏らないように樹種をスギに、そして強度があってリーズナブルなJパネルを選びました」。

ちなみに床はサワラの無垢材で、住まい手一家で塗装、ライブラリーの階段には杉パネルを用いています。



 

 

#4  シンプルで可愛く機能的な水回りのパーツあれこれ

水回りはプレイルームと同じレベルに設けました。浴室と洗面、洗濯、トイレに加えて、猫トイレも備えた多機能な空間です。

シンクは洗面だけでなく洗濯にも使えるように、TOTOの実験用シンク「SK7」を採用しています。

「多用途を兼ねた水回りの場合、シンクは単に大きいだけではダメで、底が広くてある程度コンパクトなことが大切なのです。実験用シンクなのでオーバーフロー機能はありませんが、特別困ったことはありません。ほぼフラットなのでモノも置きやすい。お施主さんのなかにはシンクの中にソープディスペンサーを置いている方もいらっしゃいます」

レバーはLIXILの「SF-16Z-13 レバー式2ハンドル混合水栓」。

「タッチレスにすると電源やパーツが増えてごちゃごちゃしてしまうので、強いご要望がなければレバー式をおすすめしています。あと猫を飼っているお住まいでは、センサーに反応して水が出しっぱなしになることも」。

ただし……「使いやすくて20年来愛用していたのですが、廃盤になってしまいました」と肩を落とす比護さん。

照明は、居室や階段に使っているモーガル(#5参照)を採用したいところですが、水まわりということで、水に強い船舶用照明を採用しています。

浴槽は住まい手の要望もあって、鋳物ホーロー製の猫足・置き型タイプにしました。

「コンパクトな浴室でハーフユニットにすると、狭く感じてしまいます。ホーローの浴槽は質感もよく、保温性にも優れています。猫足の置き型なので浴槽下部の掃除は発生しますが、ブラックボックス状態のユニットバスでパンを掃除するよりラクですよね」

選んだのは大和重工の「CIE-1470G」。外国製の猫足タイプはどうしてもサイズが大きくなってしまうため、国産品を選びました。

ポイントは裏面には防錆塗装を施していること。

通常は埋め込むことを想定しているため、裏面は仕上げ・塗装がされていません。置き型で使うためにひと手間かけています。

いずれもシンプルで機能的、そしてどこか素朴で可愛らしさが宿るパーツたちで、水回り空間に清潔さと居心地の良さをもたらしてくれます。

 

 

#5 陶器の感触が空間にぬくもりを添えるモーガル

比護さんの定番の照明の一つが、モーガル(電球を取り付ける陶器の部分のこと)で、青山電陶の「E26-01、E26-02」を愛用しています。

「照明の存在感がシンプルに見えるし、陶器の質感がやさしくて好きなんです。プラスチックとは異なるあたたかみがありますよね。モーガルのなかで結線しなければならないため施工手間がかかるのですが、焼き物なので微妙に一つずつ形が違うのも気に入っています」

 

 

<このコラムで紹介したパーツ>

TOTO  実験用シンク SK7(廃盤品)

LIXIL レバー式2ハンドル混合水栓 SF-16Z-13(廃盤品)

船舶用照明 NW-DK-S

大和重工 鋳物ホーロー浴槽 YUMORE  CIE-1470

青山電陶 ソケット E26-01 / E26-02

 

後編に続く

 

 

【プロフィール】

比護結子

愛知県豊田市生まれ。奈良女子大学家政学部住居学科卒業、東京工業大学大学院修士課程修了。1999年、柴田晃宏と一級建築士事務所ikmo設立。桑沢デザイン研究所非常勤講師(2005-2025)、芝浦工業大学非常勤講師(2012~)などをつとめる。「キチ001」(東京建築士会住宅建築賞)、「cotoiro」(グッドデザイン賞2015)、「おかやまのいえ」(第9JIA中国建築大賞住宅部門優秀賞)、「椿庵」(「千葉県建築文化賞」住宅部門最優秀賞)、「さうさうのいえ(千葉県建築文化賞・住宅部門 最優秀賞)」などを受賞。

 

「さうさうのいえ」

千葉県市川市

敷地面積 86.12㎡

延床面積 82.85㎡

構造規模 木造+RC造、2階建て

竣工年月 2023年7月

設計   一級建築士事務所ikmo

施工   株式会社中野工務店